私が初めて殺めた人間は私の母親だったと記憶している。
それはちょうど今日から5475日前、私が生まれたその瞬間のことだった。私が生まれて初めて見た光景は私を抱き上げる母親らしき女性の頬笑みであり、二番目に見たのはその女性が私を抱いたまま事切れる様子だった。
そんな生まれた瞬間の光景など覚えているはずがないと思われるかもしれないが、私は確信を持って覚えていると言える。なぜならそれが、私が唯一見た世界の光景だからだ。私が世界を失う前に魂に刻みつけた唯一の光景だからだ。
私の瞳は呪われている。
私はまばたきをひとつするだけで、その視界にあるすべての生き物の命を奪うことが出来る。
『幽冥の暗渠<カメラオブスクラ>』と呼ばれた私を迎え入れたのは、その忌み名に相応しい明かり一つない部屋だった。光の中に生まれた私は闇の中で育ったのだ。
人の身に生まれながら人とともに歩めぬ運命を負わされた私を、それでもこの集族<トライブ>の人間たちが殺さなかったのは何故なのか私には分からない。しかしただ闇の中飼われていただけであっても、今日まで命を奪わなかった彼等に私は感謝していた。
生まれてから5475日。人間が太陽と季節を失う前の数え方をすれば丁度15年経った今日、私はひとりの成人として認められることになる。そして私はこの集族から去ることになる。5475日を迎えた人間は成人とみなされ、集族を構成する一員と認められる。
それがしきたり。
今まで存在自体を黙殺されてきた私ではあるが、集族の人間であることに変わりは無く、しきたりは守られねばならない。
要するに、だ。
「ばけものを人間だと認めたくないだけなのだな」
闇の中ぼそりと呟いた。
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